Happy Valentine's Day...110214...
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あのさあ今日はバレ…なんとかデーつって、好きなやつに菓子をやる日らしいんだよな。そう言うと横を歩いていた飛段は足を止め、ぐるりとこちらを向いた。 その虫食いだらけの足りない情報に突っ込む前に、飛段は路肩に咲く低木の白い小さな花を枝ごと手折ると、俺に差し出す。受け取れ、ということなのだろうか、 よく分からず黙っていると、飛段の手が動いて枝が俺の額当ての脇あたりに差し入れられた。こめかみに白い花弁がふわふわとあたる。それを満足そうに眺めた飛段は、 にっこり笑ってこう言った。菓子はさあ、お前食わねえだろうから、それをやる。今日見たもののなかでいちばん綺麗なもんだかんな。 お前がいちばん喜ぶのは金だろうけど、オレ持ってないから。だからといってこんな厳つい大男に花を飾ってどうしろというのだろう、バカの考えることは意味不明だ。 しかしそのバカが嬉しそうにしているので、さっさと取ってしまおうと思った枝を外すことができなかった。こういうのは目の前で笑っている男の方がよっぽど似合う のではないだろうか。俺は同じように花を摘むと、飛段の髪に枝を差し込む。銀色の髪に白い花がきらきら光る。赤紫の瞳を丸くしていた飛段は、オレたちお揃いだな、 と言ってまた笑った。


* * *110213* * *バレンタインの話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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宿の鄙びたテーブルの上、木の器に盛られていたのは二つの小ぶりな竹の葉の包みだった。角都によればこの辺りの名物らしい。 角都の手が包みを開いていくと、中にはとろんと白い塊があった。それを角都は摘まんでかじる。どうやら餅か何かみたいだった。 荒い縫い目の走る頬を動かして咀嚼している様子をオレがぼんやり眺めていると、何だといつものように睨まれた。 オレも包みを開けてその餅に触ってみる。餅にしてはやけに柔らかくて崩れるんじゃないかと思うほどだった。 一口食べると、ほわほわと甘い匂いが広がる。あとなんか蜜柑みたいな匂いもする。それは柚子だ。ふーん。角都これ好きなのか。 ・・・・・・・。ふーん。それからふたりでしばらく黙ったままもぐもぐしていた。餅は口のなかでとけるようにすぐなくなって、 でもほわほわの匂いはしばらく残っていた。唇や指についた粉をぺろぺろ舐めて、角都もおんなじように舐めいて、オレはなんだかくすぐったくなった。


* * *110217* * *もうひとつのバレンタインの話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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民家の低い軒先を縫うような細い道を抜けると、海に出た。今度は海沿いを走る街道をオレたちは歩く。 正午を一刻ほど過ぎたばかりだが太陽は低い位置にいる。砂浜に寄せてくる波も、夏の盛りのように明るくはない。 冬は、この星の傾きの分、太陽から遠くなるんだと角都は言った。ほかの暁の連中に話すと驚かれるが、角都はよくしゃべる。 だいたいが小言だけど、こうして色んなことをオレに教えようとする。きっとオレのことを相当のバカだと思ってるせいだな。 実際、角都の言うことがよく分からないこともある。でもオレは角都の言葉が嫌いじゃない。そうして冷たく優しい冬の光や波の音が、 角都の声と一緒にオレのところへやってくる。


* * *110219* * *世界に至る話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ある日の戦闘でかなりの高位術者とやり合った。飛段は全身の神経系を破壊される術を受け、その時点で生命活動の維持は不可能、 常人ならばその場であの世行きだった。ぴくりとも動かない死人同然の状態から、重度の呼吸困難、痙攣や嘔吐、発熱といった症状を 三日三晩繰り返したのち復調したが、なかでも弱い視神経の回復が遅れた。すでに施術者は死んでいるので、あとは術の効力が切れるのを待つしかない。 視力まで完全に快復するには十日ほどかかるだろう、というのがリーダーの診立てだった。腕組をして枕元に座っていると、仰向きに寝た飛段が、 ぱっちりと眼を開けた。紙のように真っ白だった顔色はすでに戻っていて、頬や唇にも血の色が差している。ただはっきりと開けた眼には、 生意気なくらい強いいつもの光がなかった。長い睫毛の下にある闇の表面に、俺の姿が浮かんでいる。お前、なんて顔してんだ、と飛段は言った。 光のない眼をみはったまま、静かな声で。見えないのに何が分かるんだ。そりゃおまえ、オレは覆面してたって後ろを向いてたってお前がどんな顔を してるか分かるんだぜ。飛段はにやりと笑ってみせた。角都。なんだ。ごめんな。俺は黙って枕元から顔を離した。目が覚めたのなら水分を摂れ、 そう呟いて手元にあった吸い飲みを手渡す。このバカを殴りつけてやりたかったのだが、つい先刻まで半死人だった相手にそれも憚られた。 俺は、こいつのこんなにも静かな声を、知りたくはなかったのだ。


* * *110223* * *つかんだことのない悲しみの話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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角都のことを考える。背丈のぶん違う歩幅、振り返ってオレの名前を呼ぶ声、しょっちゅうオレに振り下ろされる容赦のない鉄拳、 手のひらは乾いてて硬くて温かい、黒いうねうねの心臓たち、ちょんぎれたオレの身体を縫ってくれるときじっと真剣になる大きな緑色の目玉、 小難しい本を読んでいるときの少し緩んだ背中、ぜんぶが手をのばしたら触れられそうな隣にあること。コップから水があふれるみたいに、 身体の奥がいっぱいになる。オレは嬉しいはずなのに嬉しいと信じきれないのが寂しかった。満たされたものは行き場がなくて胸の内側を抉っていく。 抉られた内側はすぐまた満たされるはずだ、オレはオレの寂しさと話をつけてこなけりゃならないと思ったんだ。


* * *110223* * *片思いの話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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日が暮れてからかなり大きな街にたどり着いた。そこかしこの街灯や背の高い建物の窓は煌々として、人の影さえ見失いそうに見える。 繁華街を通り過ぎ、街はずれの小高い丘の上にある適当な宿に落ち着いた。夜景が珍しいのか、飛段は窓からじっと飽かずに景色を眺めている。 飛段の向こう側には些か明るすぎる夜空と無数にともる灯りに満ちた地上があった。なあこの光の一つ一つに誰か人間がいるのかな。 こんな多いとどんだけだって思うな。 飛段がぽつりと言った。星も見えやしないし。俺もお前もそのうちの一つだぞ。 飛段が俺に相槌を求めていたかどうかは分からない。ただそうこぼれ落ちた言葉だった。飛段は静かに瞬きをした。 そりゃそうだな、ホント。へらりと笑うともう一度瞬きをした。安宿のともし火のような明かりのなかで、 こちらを向いた飛段は一瞬何かを堪えるような泣きそうな顔をしていたのかもしれない。


* * *110227* * *片思いの話2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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落ちて行く日を追いかけるようにして東の空に現れた月は大きかった。外の空気を吸おうとアジトの屋上に登ってきた俺は、 今日が 十五夜であったことを思い出した。後ろからくっついてきた飛段は、すげーでっけー!たまご饅頭みてーうまそう!などと騒いでいる。 風はほとんどなく月明かりに照らされた山や森も眠ったようにじっとしている。静かな夜だ。適当な段差に腰を下ろし、 俺は懐に仕舞ってあった本を取り出して読み始めた。これだけ明るければ灯りは必要なく、ちょうどいい息抜きだと思った。 あれこれと賑やかに喋る相棒の声が隣から聞こえる。飛段は俺が何も言わなくても聞いていると分かればそれでいいらしい。 そのうちふと声がやんだことに気がついたら肩口が重くなった。白い額と伏せられた長い睫毛が見えて、飛段は俺の腕を枕にそのまま眠りの淵へ あっという間に落ちて行ってしまった。また少し重くなった肩がじんわり温かい。子どもみたいな寝顔を眺めて、 俺はただ自分がどうしたいのか分からないという思いに忽然と駆られる。ひどく理不尽だ。この重みに見合うだけの何かを俺は持っていただろうか。


* * *110304* * *理不尽の話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


Happy Birthday to Hidan...110402...
飛段、生まれてきてくれてありがとう!

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その日の空には雲一つなくて、薄い水色がとても透きとおって見えた。陽射しにはぬくもりがあるが風は少し冷たい。本日のバイトを早々に終えたためか、 角都は機嫌が良いみたいだった。街中を歩きながら手頃な宿を探す。大きな街道の交わる中継地なので通り沿いはかなり賑やかだ。 店の軒先にはオレが見たこともない食い物や工芸品が並んでいてつい余所見をしてしまう。半歩前を進んでいた角都が足を止めてオレを見た。 あ、また小言かと思ったら、何か欲しいのか、と訊かれた。欲しい物があるなら買ってやる。オレは一瞬何を言われたのか分からなかった。 世紀の守銭奴が何か買ってやる?オレはよっぽど唖然としていたのだろう、角都はちょっと厭そうな顔をして、今日、誕生日だろうと言った。 たんじょうび。たんじょうび。まるで異国の言葉のように馴染みのない響きを頭のなかで繰り返し、ようやく相棒の意図を悟った。角都は手配書に記された オレの情報を覚えていたんだろう。でもあれは暁に入ったときにほとんどリーダーが用意したものだ、まさにその手配書に載せるために。オレは自分の誕生日だって、 歳だってほんとは知らない。その事実を打ち明けると、角都は少し黙ったのちこう言った。知らないなら今日この日だと俺があらためて決めてやる、それでいいだろう。 で、欲しい物はないのか。再びそう尋ねた角都は、もしかしたら朝からずっとオレにそれを訊く機会を待っていたのかもしれない。とはいえ、奴の理屈もよく分からなければ、 欲しいものなんて急に振られてももっと分からなかった。でも角都がその場に立ち止まってじっとこちらを見ているので、オレは一寸きょろきょろとしてから、 目の前の雑貨屋の棚に並んでいた緑色の歯ブラシを取って、これがいいと差し出した。角都の目と同じ色をしていたからだ。そんなものでいいのか。 角都は意外そうに眉を寄せる。これでいいんだ。繰り返すと、オレの手からそれを受け取って店に入っていった。数分後、支払いを済ませたのだろう角都が出てきて オレに歯ブラシを渡してくれた。緑色の柄には薄桃色のリボンが結ばれている。リボンの端が風にそよいでいるのを見てふいに胸がいっぱいになった。 顔がゆるむのが分かる。角都、サンキューな。歯ブラシを握りしめながら礼を言うと、角都はぷいと背を向けそのまま通りを歩き出した。 オレはあわてて後ろをついていく。お前のことだから、肉を腹いっぱい食わせろだの上等な宿に泊まれだの言うのかと思った。オレが隣に並ぶと、角都のぼそっとした声が聞こえた。 いわれてみればまったくもってその通りだ。千載一遇のチャンスだったのにもったいない。でもオレは別にそんなことどうでもいいやと思っていた。 あのさあ、角都。なんだ。金かかんないことだからもいっこだけ欲しいものいいか。なんだ。ぎゅーってさ、してもいいかな。


* * *110401* * *生まれてゆく話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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角都が髪を切っている。一房ずつ摘んではクナイで梳く、その手際はとても良い。サクサクと音を鳴らして角都の指の間から黒い髪が落ちる。 角都は鏡を見ない。額と襟足をひと撫でして長さを確認すると、切り落とした髪を集めたちり紙ごと屑籠に捨てた。風呂から上がったばかりだったオレは ペタペタと角都の傍まで歩み寄った。なあ、オレの髪も切ってくれよ。先刻より短くなった前髪の間から、緑の瞳がオレを見る。・・・そういえば幾分伸びたな。 一拍おいた後の応えを待たずに角都の前に座り込んだ。ほどなくして角都の手がオレの頭を手櫛で撫で始める。指が皮膚を伝い降り髪を掬ってはクナイで梳く感触が 繰り返し伝わってくる。ほんとうはこうして切ってもらわなくてもこれ以上伸びないことをオレも、そしてたぶん角都も知っている。オレの身体はある一定の 決められたポイントで再生を繰り返すようになっているらしい、どんなに傷を負っても元通りになるように、髪も爪も切れば伸びるが一定以上は伸びない。 それでもオレがせがむたびに、角都は黙って髪を切ってくれる。オレは息をひそめて、角都の手の感触だけを追い続ける。薄い箔を貼ったような夜の沈黙の 上に降り積もる、指の言葉を聞く。


* * *110514* * *髪を切る話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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台風が近づいているのだという。肌を焼くような陽射しが雲に隠れているかわりに、海は灰色をしていて、浜を繰り返し撫ぜていく波は気まぐれに荒くなった。 いまにも空から落ちてきそうな雲から、ついに雨粒がこぼれ始める。強い風が大粒の雨を叩きつけてくるので傘はあまり用をなさず、 すぐに足元から外套までじっとり水分を吸って重くなった。肌にまとわりつく湿気にうんざりするが、ずっと続いた日照りのあとの久々の雨だったのでどこか気持ちがいい。 いつもはぶつぶつと文句を垂れる飛段も、あまり気にしたふうでなく、桟橋の濡れた床を音を鳴らして踏みしめている。 橋を下りたあたりで、ちょうど雲の切れ目に差し掛かったのか、雨足が弱くなった。海を見ると、雨が降っているところは霧がかったように変わらず灰色で、 雲の合間から日が射したところは青みを増して鈍く輝いている。振り返った飛段が声を上げて笑う、角都、海が二色だ。おれ、初めて見た。 雨の向こう、はるか遠くでぼやける積乱雲は美しい山の嶺のようだ。空がだんだんと明るくなる。歩いていれば衣もじきに乾くだろう、日暮までに街に着いたら、 なにか旨いものを食べようと思った。

* * *120813* * *夏の話